物語

レオのプロフィール。北大に逆転合格→中退→ネットで起業までの物語

 

はじめまして、レオです。
ここでは僕の自己紹介をしたいと思います。

 

まず簡単に現在やっていることを挙げると

・ブログやYouTubeなどのメディア運営
・1000人以上の読者がいるメルマガ発行
・10名以上の人を同時に雇ってウェブサイトを作り、広告収入を得る
・たまにビジネスの個人コンサルをする

…などです。

上記の活動により、
年間で1000万円程の利益があります。

なかでも得意なのが
インターネットを使って
勝手に物が売れていく仕組みを作ることです。

 

ちなみに
これまで色んなものを売ってきましたね。
リスニング教材、健康食品、家電、カーポート、書籍、一般家庭用のソーラーパネルなどなど。

あとで詳しく話しますが、
モノを売る力というのは人生において
非常に重要だと僕は考えています。

さらにそれがネット上でできるのであれば
汗水たらして働くこともないし、
やらしい話、一生お金に困ることはなくなります。

 

でまあそれは一旦いいんですけど、
そもそも僕がどんな人間だったかを話しましょう。

22歳までの僕は、

  • ビジネスとは無縁の人生
  • 将来やりたいことや没頭できるものがなかった。
  • 大学の工学部で研究するも糞つまらなくて萎える
  • パチンコにはまり、ひたすら時間を無駄に消費していた
  • 子供の頃はサッカー選手になりたいと思っていたが、それ以降は具体的な夢がない
  • 周りと違うことをするのに抵抗があった。
  • 上記理由から、とりあえず学歴があって、いい会社に入れればいいんじゃねと思っていた。
  • 「やりたい仕事」よりも「稼げる仕事」に憧れていた。
  • 人前で話したり、目立つ行動をするのが苦手。
  • コミュ力低い。
  • クラスの中心にいたり、陽キャラ、人生悩みなく生きてそうな人間を見ると心底羨ましいと思っていた。
  • 社会で成功するのはコミュ力やリーダーシップがある人間だ!と聞くと不安を感じていた。そんなのおれにはないわ。。
  • 簡単にいうと楽しさより不安が多かった人生。

こんなかんじです。

 

ネガティブな要素がちょいと多めですが、
基本はふつうの家庭に生まれ育って
学校にもふつうに通って進学してました。

まあどこにでもいる
ふつうの人間だと思ってください。笑

ただ、楽観的に生きるというよりは
あれこれ周りの目を気にしたり、
物事を深く、ネガティブに考えることが多かったです。

性格はよく誤解されますが
”頑張り屋”ではありません。なまけ者です。

昔はとくに努力という言葉がキライでした。
努力アレルギーです。

社会の競争に負けないように
なんとか最低限の努力だけしていました。
基本、行動力なんてものはありません。

 

そして、
小→中→高→大学と年を重ねるにつれて
仕事や恋愛、お金のことなど
不安もふえていきました。

ちなみに一番の不安は
自分が社会人になったとき
充実した人生を送れるだろうか?

です。

受験も就職も、
全部このために生きていたといって
過言じゃありません。

ようはやすっぽい言葉でいうと
勝ち組になりたかったんです。

てか、ならなきゃ駄目だみたいな、
謎の固定観念にとらわれていました。

年収、身に着けているもの、
プライベートが充実してるか…などなど
すべてをひっくるめですね。

これらが、
自己満足できてるならよし。

できてないなら・・・

おれは後悔ない人生を送れるだろうか。
そんなかんじにもやもやしてました。

 

で、現在は
上にあげてきた不安だとか
もやもやしたものは
一通り解消できたと思っていて、
それなりに充実感のある人生を送れています。

以下、そこにいたるまでの話を
書き記してみました。

生い立ち

はじめに、読みやすくなると思うので
僕の人物像を書いておきます。
(はやくビジネスの話を読みたいという方は飛ばしても結構です。)

札幌生まれ、札幌育ちです。
4人家族の次男です。

小さい頃は
よくしゃべる子と言われてましたが
シャイでもありました。

家ではよく話すけど、
親戚や知らない大人と話すときは
かなり人見知りをしてたそうです。

小学校まではそこそこ活発なほうで、
運動も勉強も平均以上にできて
おれってすごいんじゃね?と
本気でおもっていたフシがあります。

小3のころに
一番仲のよかった友達に誘われて
サッカー少年団に入りました。

それからは練習がある日もない日も
毎日サッカーばっかしてました。

授業は話半分にきいて、
体育の時間だけ張り切って、
放課後は校庭でサッカーボールを追いかける
そんな少年時代をすごしました。

あとなぜか当時は坊主頭でした。笑
シャンプー楽なんだよなぁ。。

小学校までは、ある意味
悩みもまだそんなに多くはありません。

自分でいうのもクソ寒いですが、
そこそこ能力に自信がありました。

ですが僕は年齢を増すにつれて
どんどん自信がなくなっていきます。

「おれってすげー。」
から、
「目立ちたくない。人前に立つのコワイ。器用に生きれるやつらが羨ましくて仕方ない」
と変わっていきました。

と同時に
たしかこれも小3だったのですが、
父親のつとめていた会社が倒産する
という出来事もありました。

母が、
「お父さんの会社がなくなっちゃったから
これからはちがう仕事をすることになる。
だからあまり贅沢はできなくなると思うけどわかってね」
てきなことを言いました。

当時は子供ながらに
あ、大変なんだ・・と
いちおうショックではありました。

ただぶっちゃけ
僕の人生にめちゃくちゃ強い影響になったわけではないです。

というのは両親が陰ながらに
頑張ってくれたおかげだと思います。

たしかに外食の頻度は減ったし、
ゲームを買ってなど気軽には言えなくなりました。

けど生活レベルをおとさずに
僕を大学まで送り、
毎日飯を食わせてもらえたことには感謝しかありません。

変わったことといえば、
友達の家に遊びに行ったときなどに
こいつんちは裕福だなとか
やたら金にたいして敏感になったことです。

ゲームのカセット多すぎだろ・・とか
一人っ子なのにコントローラー4個ももってやがる。

など
やたら他人の家庭の財布事情を気にするんです。

かわいくないガキです。

そういった背景から
おれは将来かねもちになりてえ・・という
漠然とした気持ちが芽生えるようになりました。

これが後々の大学受験や就職、
ビジネスをやることなどに
つながっていく部分はあったとおもいます。

 

さて話を戻して。
中学校に入ってからですね。

小学校までは自信満々だったわけですが、
中学では自分より勉強できるやつが何人もいたし、
サッカーでも地元のクラブチームに入り、
そこでは一度もレギュラーを取れないくらい
自分より上手いやつがうじゃうじゃいました。

これによって
「おれって凡人なんだなぁ」と
認めるほかありませんでした。

特に、サッカーで同年代に負けて
しかもレギュラーになれないってのは
なかなかに屈辱もんでした。

いやでも勉強では負けてないしとか
プライドの高さをこじらせます。

で、人見知りも加速し
限られた友人とだけ仲良く接していました。

いや小学校の頃って
なんであんなにわりとだれとでも
仲良く話せたんだろ。今でも謎。

なので女子と話した回数など
数えるほどしかありません。
もちろん彼女を作るなんて異次元の世界でした。

こうして少しずつ殻にこもるようになって
クラスの人気者とはほど遠い
おとなしいと思われる人間になりました。

あくまでヘンなやつにはならないよう
へらへら愛想笑いをして人と接し、
勉強もスポーツも無難にこなすよう努めました。

生い立ちはざっとこんなかんじです。

中学校以降はぶっちゃけそれほど
充実した人生を送れていたとはいえないですね。

けっしてなにかに秀でた人間ではない
ということは知っておいてほしいです。

半年で偏差値20あげた大学受験の話

ではここから。
高校時代、受験時代の話です。

高校に入ってからは
お世辞にも成績がいいとは言えませんでした。

高校のレベルは
”自称進学校”と呼ばれるありふれた公立高です。
偏差値で言うと55~60くらいの間。

そのなかで僕は
学年320人中300位以下の成績を
常に叩きだしていました。

ぼくの高1高2時点での
全国偏差値は40かそこらです。

で、高校時代は
ひたすら不安でした。

なぜなら勉強しなかったからです。

将来カネモチになっていい暮らしがしたい
→大企業に就職する
→いい大学に入る必要がある

とはおもってたけど、
行動がともないませんでした。

将来の為にも勉強しなきゃなー
でもだるいぞー。
サボりたいぞー。
今日もサボったぞー

これの繰り返しです。

つねに鉛のような重みが
心にどさっとのしかかってる感覚です。

正直、高校生活のほとんどは
まともに勉強をした記憶がありません。

やらなきゃなぁ…と思いながらも
部活があったり家でダラけまくって
ずるずる時間が過ぎていました。

そして高3になったある日。

いよいよ担任に
「おまえの成績じゃ国立大にすら受からない」と
言われました。

それがショックで、
「くそー俺はまだ本気だしてないだけだ。本気出せばできるんだよ。本気出す前にあれこれ言うんじゃねえ。」
とモヤモヤしました。

当時の僕は理想だけは高く
一流大学へのこだわりだけはありました。

けど成績がつり合わなすぎて
「おれは〇〇大をめざしている」などとは
恥ずかしくて言えませんでした。

口にすらできないんです。
めざすのは自由なのに
なに自分で恥ずかしがってるんだって話です。

まわりのやつらは
十分いい大学を狙える成績だったりして、
僕のほんとはいきたい志望大学を
「おれ〇〇いきたいんだよねー」と
普通に口にしているのです。

その事実にムカつきました。

「第一志望どこだっけ?」ときかれて
「んー適当な国立大に行ければいいかなー」と
心にもない適当なことを言ってる自分が
さらに情けなくおもいました。

今でこそ学歴がすべてじゃないし
むしろ学歴とは全く関係ないところで生きることになったけど
当時はずっともやもやしました。

人生には色々な選択肢があるらしいけど、
高校生の僕がそれをきいたところで
へーそんなの知るか。
んなことより学歴学歴学歴!ってかんじです。(勉強してないけど笑)

自分の知らない世界というのは
なかなかに想像しづらいもんです。

僕の想像できる勝ち組人生は
いい大学に入り、大企業で働くことで
それ以外の選択肢はありませんでした。

 

で結果として、
高3の夏に受験に本気で向き合うことになります。

部活を引退したのをきっかけに
少しずつ勉強する習慣をつけていきました。

以来、受験本番までの半年間くらい
それなりに全力で勉強しました。

その結果、一応現役で
北海道大学の工学部に合格することができました。

もとの成績からみれば
かなりの大逆転合格ですので、
結果としてはそれなりに満足でした。

「うおっしゃあ!これで将来は安泰だろ!!」みたいな
おおげさかもしれませんが、
その感情が何より強かったです。

誤解がないようにいうと、
僕はけっして地頭がいいとは思わないし
メンタルが強かったわけでもないです。

けどたまたまタイミングがカチッとあって
受験では一時的に頑張ることができ、
このような結果となりました。

一時的にでも頑張ってみると
意外と周りよりも差をつけることができます。

才能とかじゃないです。
まじでだれでも一緒です。

とくに周りがやっていないようなことをやると
成功する可能性はずっと高くなります。

ぼくの勉強法もすこし特殊で、
それがあったから
短期間で成績が伸びたといえます。

これは勉強もビジネスも同じです。
日本でも副業とかネットビジネスはわりと広まってきたけど
それでもやらない人の方が大半でしょ。

受験で半年で偏差値20上げるのって
学校の先生はぜったいむりっていうでしょう。

ですがやっちまえば
意外とうまくいったりするもんです。

ビジネスに挑戦する時にも
「よしじゃあやってみよう」と思えたのは、
この時の経験があったりします。

全然うまくいく確信はないんだけど、
鼻から100%むりだ!と決めつけはしない頭になってたようなので
そこはまあ運がよかったですね。

この常識にとらわれないという考え方は
後にもかなり大事な部分ですので
ぜひ頭に入れておいてください。

 

ちなみに僕が実際にやった
勉強法はレポートにまとめてあります。
受験勉強法レポート

たまに受験生から、
大学受験のアドバイスくださいという連絡が
わりと少なくない数もらうので、
どうせなら形に残そうというノリで書いたものです。

興味があれば。

株の勉強を始めて3日でやめた話

続いて大学1年の頃です。

ぶっちゃけ大学生活は
ひたすら暇を持て余していました。

ほぼ退屈の毎日でした。
留年しない程度に大学にいって、
バイトして、
たまに飲み会があって、
それ以外は家で漫画よんだりゲームする日々です。

まわりでは、
男女であつまって宅飲みしたり、
すすきののクラブで楽しんでいたりと、
パーリーピーポーしてる声も聞こえてきましたが
僕にはそんな行動力もありません。

大学生活をはっちゃけるわけでもなければ、
まじめに何かに打ち込むわけでもなくて
「あーつまんねえなー」と心の中で愚痴って
生産性ゼロの人生を送っていました。

そりゃ自分から行動しないし
勉強熱心でもないので
なんにも変わりようがありません。

大学在学中にパチンコにはまって、
5万くらい負けて、
半泣きになって帰る日もありました。

あーおれ何やってんだろ。って感じです。

 

で、ある日思い立ちましたよね。

「よし株の勉強をしよう」と。

さすがに何もしないよりも
意味のあることをしようという考えです。

株を勉強すれば金持ちになれると思って
とりあえず大学の図書館に行き
よさげな本を5冊くらい借りて家に帰りました。

大学一年の秋頃ですかね。

そして家に帰ってから
ぱらぱらと本を読み進めました。

が、ちんぷんかんぷんすぎて
なんじゃこりゃって感じです。

というか、
単純につまらん。

もちろん楽に稼げるとは思っていないけど、
学校の教科書を読んでいるのと同じで
株の勉強も退屈で頭にはいってきませんでした。

そもそも、当時の僕は
「自分が金持ちになる。」っていうのを
本当のガチの本心では信じていませんでした。

ってか、
金持ちになれるかは半信半疑で
あくまで想像の域をでないのです。

今日から1年後には札束をもって
高級車を乗り回してるなんてありえるのか?みたいな。

まあ高級車を買うかは別としても
なかなかリアルなイメージってできないと思います。

株を勉強しようとしたときの僕も
結局リアルには確信が持てず、
3日ほどで株のことは頭から消えました笑

つまらんしもういいや。
株で稼ぐのは諦めよ、と。

で、それからの大学生活は
また適当に遊んで
だらだら過ごす日々となりました。

基本てきに僕の根は怠け者なのです。

べつにバイトをすれば、
ふつうに必要なお金は手に入るし、
たまにほしいものを買うこともできるし。

でも本心ではなんかつまねえな。
刺激がない生活だなと。
でも、かといって何かやることもないし、
おもいきったことをする行動力もないしな…。

そんなかんじで時間は過ぎていきました。
特になにか成長を実感することもなく、
あっというまに大学生活が過ぎていきました。

大学1,2,3年まではそんなかんじです。

ようは何もしなかったということです(笑)

大学院試験の直前にネットビジネスの存在を知る

大学4年になってからは
研究室での生活が中心でした。

工学系の研究室なので、
わりとがっつりしていて
朝から夜まで、講義やゼミ、研究で忙しかったです。

さらに僕は大学院に進む予定だったので、
8月には大学院の入試がありました。

大学受験ほどではないけど
それなりの勉強が必要でした。

そしてこの時期にはじめて
ネットビジネスの存在を知ります。

ネットでお金を稼ぐ方法みたいな記事を発見し
・アフィリエイト
・ブログ運営
等々、ネットで稼ぐ世界があるんだなと。

大学院入試の直前でしたが、
何だこの世界は。もっと知りてえーーと思いました。

正直大学の研究はつまらなかったし
このまま大学院にいっても
どうせ自分の性格的に学業の分野に楽しむことはないだろなと思っていたので
いっそうビジネスには惹かれました。

たしか高校の時の先生が
「高校までの勉強は受験に合格するための勉強だからつまらないけど、
大学の勉強はもっと自由で専門的で楽しいぞ。」的なことを言ってたけど、
いや、嘘やんと。

すくなくとも僕は、
大学の勉強で情熱がわくことは1ミリもなかったけど
ビジネスの世界には心が躍りました。

そもそも当時僕の基準では、
年収1000万はかなりの金持ち。
年収2000万になると超超金持ち。
といったかんじで、

はっきりいってそれ以上については
想像したこともありませんでした。

が、この世界では
年収数千万なら寝てても入ってくるみたいな
理解不能レベルの人間がごろごろいたのです。

そりゃこの世界に興味がわきます。
僕にとってネットビジネスは
受験と同じような感覚でした。

たとえば受験って、
やったぶんは個人差はあれど
行動に比例して伸びるっていうのは
感覚的にわかるじゃないですか。

それとおなじく、
アフィリエイトとかのビジネスも
運ゲーじゃなく勉強と行動をすれば
結果が出るなという感覚です。
(株がピンとこなかったのは、たぶんこの感覚になれなかったから)

知識という地図を手に入れ、
モンスターを倒してレベル上げして
冒険していくのです。

僕は昔からゲームが好きでした。
ポケモンならパーティーを組んで
全員のレベルを99にしたこともあります。

ですからネットビジネスも
ある意味リアル世界版のゲームと考えると
非常にワクワクしました。
なにより刺激のない生活にはもってこいでした。

ただこの時点で、就職をやめようとかは
まったく考えていませんでした。

もしネットビジネスで稼げたら、
そのとき考えればいいじゃん

そう思っていた部分が大きいです。

 

で、とりあえず、
大学院試験には無事受かりまして、
卒論研究をぼちぼちやりながら
暇な時間にネットビジネスの音声を聞く、という生活をおくっていました。

では続いて
初報酬をあげたときの話をします。

ヤフー知恵袋で月収8000円稼いだ話。からの在学中に月収50万を稼いだ話

卒論がおわって大学院に進みまして、
2016年の春頃から
本格的にビジネスの作業するようになりました。

まず僕はブログを始めました。
ブログはいいです。
1度作ってしまえば、その後
勝手にお金を生む自動販売機に化けます。

僕の基本スタンスは
まずは初心者もとりあえずブログやってみようぜと思ってます。
そうすることで世界が変わります。

ま、それはいったん置いておきまして。
僕が衝撃だったのは、
ビジネスをはじめて1ヶ月くらいの頃、
ヤフー知恵袋でいきなりお金を稼げてしまったことです。

当時、初心者なりに必死こいて考えて、

どうすれば稼げるだろうか?
ビジネスって人の悩みを解決すれば稼げるらしいぞ。
そうだ。ヤフー知恵袋に悩んでる人がいっぱいいるから
そこからブログにアクセスを引っ張ってみよう。

と思いまして、実際やってみたら
アフィリエイトしていた商品が売れました。

当時はあまり深く考えずに
知恵袋をビジネスにつかいました。

そしたら
「おいおいまじか。稼げたよ。
商品売れたよ・・・」とまさに衝撃で
これが僕の初報酬となります。笑

実際はいろいろな意味で微妙な方法なので
マネはしないほうがいいです。

ただ、これで僕のメンタルは
いい意味でぶっ壊れました。

てことは・・・
ブログでちゃんと人を集めれば売れるんじゃね?

Twitterでおもしろい呟きをすれば
人が集まって売れるんじゃね?

役に立つ情報を発信すれば売れるんじゃね?

と希望が湧きまして、
それからどんどん作業を拡大していきました。
情報もたくさん仕入れました。

知識を学び、実践する。
の繰り返しです。

あと、
すでに成功している人の分析も
たぶん人が想像する10倍はおこないました。

受験の時もそうでしたが、
いちばん早いのは
模範解答を手元において、
ひたすら分析することなのです。

ネットビジネスでも
すでに稼いでいる人たちがいるわけです。
それをなめまわすように分析しました。

僕は根はなまけものなので
むだな遠回りをするのがきらいで、
どうすれば効率的か?を考えます。

そしたら大学院在学中に
毎月50万円ほどの
収入を生めるようになりました。

ブログなどのメディアをつかって
商品が勝手に売れていく
仕組みをつくりました。

当時は大学院と並行してやってたけど
もう頭の中はネットビジネス一色です。

面白いし、
稼げるし、
長期の資産になるし、
スキルもつくし、
やりたくない仕事をするよりずっといいと思いました。

で、
就職しようという気持ちは頭から消えて、
けっきょく大学院を中退することになります。

もしネットビジネスで稼げたら
就職しないでいいかもしれない・・
と薄々おもっていたのが、
まじで現実になってしまったわけです。

人生っておもしろいもので
半年や1年あれば、
まじでべつもんの人生みたいに変わるんだなと。

それこそ
ほんの数カ月でも1つに本気で取り組めば
いくらでも人生はいいほうに変わります。
まずは1ヶ月でも。

そしたらなんとなく方向性がみえて、
マンネリ化していた人生に
エネルギーがぐいんぐいん充電されて、
やる気が溢れてきます。
単純に人生も楽しいです。

20年ちょっと生きてきましたが、
この数カ月が一番人生を大きく変えたと思います。

長い人生のほんの数ヵ月頑張っただけで
つまらない研究生活
→自分で楽しみながら稼げる生活
に変わったので。

変化のある人生って
おもった以上に楽しいです。

そのためにまずは1歩を踏みだすというのが
いかに大事かということを
僕がこのとき身をもって実感したことです。

不労収入が当たり前の生活になった話

続いて、
勝手にお金が入ってくる生活はどんなものか?
というのを話します。

現在もそうですが、
僕の収入のほとんどは
働かずに入ってくるものです。

この状態は、
ぼくの世界観を大きく変えました。

たとえば僕は昔から
朝起きるのがひじょーに苦手でした。

そのわりによく夜更かしします。
漫画を読み始めたりして止まらなくなります。
(ちなみに好きな漫画はデスノート、ハンターハンター、スラムダンクなどです。頭脳戦や、アツく心が動かされるものに惹かれます)

で次の日の朝に大後悔します。
「やべもっと早く寝ときゃよかった。
起きるのくそだりい。」

そんな憂鬱な1日を
数え切れないくらい送りました。

もちろん就職するつもりでしたから
おそらくこれから40年は
これが続くんだろうなとも覚悟してました。

けど
インターネットビジネスというものを知ってから、
寝てても(つまり働かなくても)
お金が発生するという状態になりました。

ネットが僕の代わりに働いてくれるからです。

信じられない方は
僕のブログやYouTubeをみてもらえれば
かなり理解できるかと思います。

で、そうなってくると
自分の行動のほとんどすべてを
自分でコントロールできるようになります。

サボるのも自由だし、
なまけ放題の人生となります。
もちろん仕事するのも自由です。

僕の場合、
大学院をやめてからの最初の方は
アホほどなまけました。

17時に起床し、
飯を食い、
ひたすら海外ドラマをみて、
22時くらいに昼寝して、
また映画or漫画orユーチューブをみて
深夜3時くらいにちょろっと散歩して
家戻って適当にだらだら過ごして、
朝の9時に寝る。

リアルにこんな生活を
数か月にわたっておくりました。

ぶっちゃけこんな生活でも
僕は外注化して作業してもらってたので、
収益は右上がりに伸びてました。

意味不明だと思います。
寝てるのに収入が増えていくのです。
でも事実です。

 

ただ、このとき心の底から
「人生に満足しているか?」というと
正直ビミョウでした。

なぜなら心の中には、
まだまだやれるんじゃねえのか?それが本気か?
という気持ちがあったからです。

月収100万円を稼いでも、
月収1000万円稼ぐやつに
「おー。やるじゃん」と
余裕しゃくしゃくに言われたこともあります。

いちばん心をえぐられたのは
ネットビジネスで通じた知り合いと
一年ぶりくらいに飲みにいったときです。

彼に、
「実業の会社を立ち上げて、
このまえはテレビに取材された」
といった話をされました。

このとき
年齢はほぼ一緒なのに、
いつのまにめっちゃ成長しとるやん・・
今のおれ完全に負けてるわ・・と
明らかな差を感じさせられました。

他人と比べる必要はないけど
どうせなら負けたくねえなと思うし
僕自身が今の自分に満足できませんでした。

それ以来、僕の考え方も変わりました。
現状維持をするより、
上をめざして行けるとこまで行こうと。

さっきも言ったように
人生をゲームとして考えると、
ある程度の壁はあったほうがいいのです。

いつまでもマサラタウンで
コラッタばかり倒していてもハリがないですよね。

それと同じで、
チャンピオンロードをめざして、
ビジネスでも目標をたてて
「これをやりきるぞおおーー」とやってるときが
なんだかんだ一番楽しかったりするものです。

 

だから今は、
仕事とプライベートの境界線が
僕の場合ほとんどないです。

やりたいから仕事をするし、
寝たい時は寝てリフレッシュして、
何十時間もぶっとおしで
パソコンに向かいあったりします。

おかげさまで楽しいです。

人間は、
何も行動していないときが一番不安で、
成長しているときは楽しいもんです。

だから今は行動しまくって
毎日がいい感じの負荷の連続です。

そしてお金で得られる体験、
お金じゃ得られない体験を
増やしまくりたいとおもいます。

仲間も欲しいし、
ビジネスの発信をしている中では
1番を取りに行きたいとも本気で思っています。

こういった理由から、
僕は勝手にお金が入ってこようが
死ぬまで行動することはやめないと思います。

いずれにしても不労収入は大事です。
不労収入があることで
人生の選択権をもてます。

商売を拡大するのにも
自分がはたらかない仕組みを作るからこそ
クリエイティブな活動をつづけられます。

病気などのリスクを考えても
労働に依存しない収入があるからこそ
心がおだやかな生活をおくれます。

さいごに、僕の理念と人生観について

ここまでで、
僕がどういった人間なのかが
少しは知ってもらえたかと思います。

1つよく誤解されるのですが、僕は
自由な人生=仕事をしないこと
とはまったく考えていません。

会社員をやってもいいと思うし
ビジネスやってもいいと思っています。

楽しければいいし、
人生に満足できるのならそれでいいのです。
どっちにもメリットがありますからね。

ただそれと同時に
可能性を知らずに道を選択するのは
もったいないとも考えています。

人生うまくいくことばかりではなく
会社の仕事がくそつまらんとか
僕のようにやりたいことが何もないとか
そんなことはいくらでもあります。

そんなときに僕は運よくこういった
インターネットの仕組みで生きる
世界があることを知れました。

そして就職と天秤にかけたときに
インターネットでビジネスをすることの
メリットがありすぎたので今もやっています。

こういった世界を知ることは大事だと思うし
僕が伝えていきたいことの1つです。

 

で、可能性という意味でいうと、
いちどネットに仕組みを作ることで
人生の選択肢はごまんと広がります。

仕事をするもしないも
自分の意志で決めることができます。
心にゆとりも生まれます。

思えば、昔の僕って
めっちゃくちゃ切羽詰まっていたなと。

受験の時も、大学の時も
道を1つ踏み外したら人生が終わってしまうと
本気でそうおもって何でも生きてました。

受験に落ちたらオワリ。
単位落としたらオワリ。
就活ミスったらオワリ。

本気でそんな感じ。
そうするとだらけてしまったときの
罪悪感もいじょうに感じるわけです。

でも今は、いい意味で
自分が何をやってもいいやと思っています。

だらけてもいいし(だらけないけど)、
大事な日に寝坊してもいいし、
なんなら貯金も家も全部なくなったとしても
面白いかなくらいにおもっています。

極端な話だけど。
でも命さえあればビジネスの知識がある限り
いくらでも再起できるからです。

これもまた、知れた
というのがでかいです。

 

ですから僕のスタンスとしては
ネットでよくみかけるような
自由奔放な生活もたしかにいいですが、

それ以上にだいじなのは
新しい世界を知るということ。
そして受け入れようぜということです。

常識を常識と思わず、
なんでもフラットに受け入れることで
自分の世界のちっぽけさに気づけます。

ミスったっていいいんすよ。
人生のどっかでミスっても
情報1つで人生が変わるなんてことは
いくらでもありますから。

ネットでちょろっと稼いで独立するなんて
東大に入ったり、
大企業で出世していくよりも
よっぽどラクすぎてちびります。

これも知らなければ
まじかよ、嘘だろ…って話ですが
現にそういった世界なのです。

生まれ持った才能に関係なく
後天的になにを学ぶかです。

知識はぜったいに裏切りません。

まわりのきらきらと人生をたのしそうに生きてるやつらを横目に、
やりたいことなんてなく、
意識がくそ低かった僕でも
知識を得ることで道は広がりました。

勉強することでお金が増えるし
不安だったことも全部ぶっとんでいくし
こんな楽しいことはありません。

人生で選択できることが増えます。
情報に触れること。
勉強することがすべてです。
そしたらわくわくはつきません。

このブログで発信していきたいのも
そういった世界です。

常識にとらわれることなく、
ぜひ世界を広げていきましょう。

 

さいごに僕の発信媒体を
いくつか紹介しておきます。

それぞれに学びがあるように
意識してつくっているので
かなり見える世界が変わると思います。

・メルマガ

メルマガでは、
より具体的にビジネスの情報を中心に発信しています。

毎日5~10分ほどで読めるメールを流すので
それをよむだけでも、
かなりビジネス全般の知識が身に付きます。

たまに懇親会を開催したり
メルマガ限定の企画を案内したりもします。

また、アツい返事をいただけた方には
まれにSkype等をすることがあります。

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追記。

僕はもともと性根のだらけた
どこにでもいる平凡な学生でした。

小3の頃に父の勤めていた会社が倒産し
お金にたいする執着が人より少しだけつよくなりました。

今は起業して月収300万円を稼ぐことができ、
メンタル的にも随分と楽になりました。

ぶっちゃけ想像もしなかったことです。
ビジネスとか知らねーし。
そもそもだらしなかったし。

結局、自分の想像できる世界の延長上では
なんかすげー変化とかって起こりえないんですよね。

僕が変わったのは
単純に常識とは違う世界を知ったからです。

なので知らない世界をのぞいてみることは
僕は人生でもトップレベルに
大事なんじゃないかと思っています。
そうすると人生もやはりちょいと楽しくなるし。

この記事では、
僕が起業してどのようにして今にいたるかがわかります。

→レオのプロフィール。北大に逆転合格→中退→ネットで起業までの物語

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