物語

常識とは何か? 多数派=正義という害悪すぎる価値観

こんにちは、レオです。

今日は”常識”について、
僕の考えを書いていこうかと思います。

僕はこれまで、常識によって
何度も何度も頭を悩ませたし
いらんところで行動にブレーキがかかりました。

常識っていうのは、ほんとに厄介です。

捉え方を間違えると
人生の難易度は超上がります。

いかに常識に縛られずに行動できるか、

人と違う人生を進んだときに向けられる
冷ややかな視線を気にせずにいられるか、

こういったことについて書いていきます。

電車の中で演説はキチガイ?!

この前、AbemaTVの
亀田興毅に買ったら1000万円の企画をみました。

僕は格闘技を観るのが好きなので、
個人的には試合内容や
マーケティング戦略的な部分も含めて
かなり楽しんで見させてもらいました。

この企画について書くと長くなりそうなので
今回は書かないんですけど、

その亀田興毅に試合を挑む挑戦者の中に
ジョーブログっていうユーチューバーがいたんですね。

試合も個人的に彼の試合が1番面白かったし
ユーチューバー面白いなーと思って、
僕の中でかなり印象的でした。

 

で、本題ですが、
ジョーブログさんに興味を持ったので
YouTube動画をちょっと覗いてみると、

「電車内で想いを叫んでみた」という
なかなかクレイジーな動画がありました。(笑)

これです。

 

これ、常識という意味では
まじでぶっ飛んでると思います。

でも動画の中でも言ってるように、
常識とは何かということを考えると
所詮その場にある1つの価値観にしか過ぎないんですよね。

国を変えれば常識は常識ではなくなる。
地域、コミュニティー、人が違えば
常識なんていくらでも変化するし、
”常識=絶対的なもの”なわけがない。

 

この動画をみても、
「常識ねーな」「迷惑だわ」とか
色々な意見があるけど、

少なくとも動画を撮った本人は、
”普通”では得られない体感価値や
尋常じゃない行動力を得ていると思います。

もちろん秩序を守ることを考えたら
これが良いかどうかは色々あるでしょうけど、

必要以上に常識や秩序に縛られるのは
マイナスにしかならないと改めて気づかされます。

こういった行動に対してキチガイだなで
片付けてしまうのは簡単ですけど、

そういう生き方は人生において
損の方が圧倒的に大きいと思いますね。

常識とは何か?単に多数派の意見にすぎない

常識っていうのは言い換えれば、
「多い」「少ない」の問題です。

単なる多数派の意見であり、
それが善か悪か、
正しいか正しくないか、
というのは全くの別問題。

ここを勘違いして
常識=正しいと思い込んでしまうと、
まったく行動できなくなってしまいます。

逆に言うと、多数派にいるってことは
人と同じことしかできないわけで、
突出することもないんですよね。

いい意味でも、悪い意味でも平均点。

 

人間ていうのは本能的に安定を求めるので、
常識という言葉はかなり都合のいい言葉です。

常識とはちがうことをしたり、
自分が少数派にまわる行為は、
エネルギーも多く消費するし、苦痛です。

できれば現状維持のまま
快適な状態で過ごしたいと思うのは、
当然と言えば当然のことなんです。

結果的にそれが常識という言葉に落ちつく。
「常識=自己防衛」の言葉。
これが一番しっくりくるかな。

僕も漏れなく常識を信じて生きてきました

僕もこれまでの人生、
これと言って人と違ったことはせず、

普通に公立の小中高に通って
周りと同じように受験勉強をして
それなりの大学に通ってという、

どこにでもある生き方をしていました。

 

特に僕の場合は、
人からどう見られているのかというのを
すごく気にするタイプだったので、

無駄に自意識過剰で、
友達の輪から外れることも恐れたし
大勢の前で恥をかくことも許せなかったし
自分は何としても多数派でいようと必死でした。

だからこそ、
大学受験に落ちて浪人したり
就職に失敗するようなことに対しては
異常に恐怖を抱いていましたね。

社会のレールから外れるようなことは
絶対にあってはならないと。

 

ただ、今の僕は
思いっきり社会のレールからは
外れてると思います。

常識とは全然違うことをしています。

今、僕は23歳なんですけど、
就職という選択肢は完全に捨てて、
インターネット1つでビジネスをして生活しています。

いわゆるネットビジネスです。

まあ怪しいですよね。(笑)

世間一般の意見で言えば、
ネットビジネス=怪しいっていうのが常識です。

僕もそう思っていました。

こんな怪しいと言われている世界に
わざわざ就職の道を投げ捨てて飛び込むのは
昔の僕からすればありえない選択です。

 

でもここまで何度も言ってきたように
常識っていうのはしょせん多数派の意見です。

ネットビジネス=怪しい、リスクがある
というのも、

そう思ってる人が世の中に多いというだけで
まったく真実ではない。

むしろ今の僕からすれば、
怪しいとかリスクがあるっていうのは
そんなわけあるか!というレベルです。

ネットが普及して、
ネット上には異常な数の人間が集まって
そこでビジネスをする。

当たり前すぎるくらい自然のことです。

まあたしかに怪しい人間も一定数いるんで、
そこを否定しきれないのは悲しいですけど。。

 

で、僕が今こういう
常識とは違うことをやって生きているのも、

今までの自分の中にはなかった、
新しい世界に触れることができたからなんですよね。

人間の成長は常識の外からしかありえない

世の中には、
ネットで起業して自由に生きている人、
20代で数千万を稼いでいる人、

そういった人たちが
当たり前のように存在しています。

ネット上に仕組みを作って
月収100万円自動化。とか
普通にありすぎてビビります。

僕は偶然
こういった世界を知れたからこそ、
自分の中の常識が破壊されて
新しい世界に挑戦することができました。

 

就職こそが正義だと思っていた頃は、
こんな世界があることを
知りもしませんでしたからね。

知らないにもかかわらず、
自分の今いる世界が全てだと思っていたし
多数派という安心感に甘えきっていました。

完全に胃の中の蛙状態です。

 

ちなみに今もまだ、
井の中の蛙だと思っています。

今は月収100万円を目指していますが、
それを達成した時には、
それが当たり前すぎる世界が待っていると思います。

おそらく環境が変わるたびに
自分は井の中の蛙だと気づかされます。(笑)

 

結局1つの環境に居続ける限りは、
その中の価値観基準でしか
得られるものってないんですよね。

だからこそ、常識の外にある
自分の知らない世界にアクセスしないと
絶対に現状が変わることはないです。

 

ちなみに日本で生きていく場合は、
まずはお金の問題を解決することが
一番わかりやすい方法だと思います。

お金を自分の手で稼げる力をつけて
金銭的な縛りから自由になることで、
やれることはやはり多いです。

 

というわけで、
常識にとらわれるのは危険すぎるし、

自分は常に
井の中の蛙だということを意識しながら
これからも生きていこうと思います。

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追記。

僕はもともと性根のだらけた
どこにでもいる平凡な学生でした。

小3の頃に父の勤めていた会社が倒産し
お金にたいする執着が人より少しだけつよくなりました。

今は起業して月収300万円を稼ぐことができ、
メンタル的にも随分と楽になりました。

ぶっちゃけ想像もしなかったことです。
ビジネスとか知らねーし。
そもそもだらしなかったし。

結局、自分の想像できる世界の延長上では
なんかすげー変化とかって起こりえないんですよね。

僕が変わったのは
単純に常識とは違う世界を知ったからです。

なので知らない世界をのぞいてみることは
僕は人生でもトップレベルに
大事なんじゃないかと思っています。
そうすると人生もやはりちょいと楽しくなるし。

この記事では、
僕が起業してどのようにして今にいたるかがわかります。

→レオのプロフィール。北大に逆転合格→中退→ネットで起業までの物語

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POSTED COMMENT

  1. 下平 さわ子 より:

    2017.05.23「常識とは何か? 多数派=正義という害悪すぎる価値観」を読んで、

    森友学園問題の自殺した近畿財務局職員の件で、職員は2017年8月に、「自分の常識が壊された」と親族に話していたという記事を読み「常識とは何か?」「自分の常識が壊れたときに、どう感じるのか」を深く考えています。
    目からウロコのように『常識を壊される快感』を感じるときはいいですが、「壊された」と感じたときの立ち直り方の様なもののヒントを探しています。大人になっても妥協が出来ない自分は、この職員が他人事ではありません。

    LEOさんの「常識」っていうのは言い換えれば、「多い」「少ない」の問題です。
    単なる多数派の意見であり、それが善か悪か、正しいか正しくないか、というのは全くの別問題。
    ここを勘違いして常識=正しいと思い込んでしまう」

    正義感が強いと、思いっきり正しいと思い込んでしまう様に思います。学校や周りから、そう教えられるように思います。

    今は、ここまでしか考えられません。もっと先に進めたらな~。

    余談ですが、LEOさんの「井の中の蛙」について、

    https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1060711665
    近藤勇が「井の中の蛙大海を知らず。されど空の青さを知る。」といったそうです。
    「井の中の蛙大海を知らず。されど空の高さと水の深さを知る。」
    「されど空の深さを知る」「されど天の広さを知る」「されど地の深さを知る」「されど空の青さを知る」などなど。
    どうも日本で後世の人が後付けしたらしい。

    負け惜しみの気持ちの続きだとしても、ステキに感じてしまいます。
    ご存知でしたら失礼しました。

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