物語

サッカーもバイトも大学も嫌々やっていた。22年間の物語

僕は、おれ今まじで人生超楽しいわー。
と心から感じたためしがありませんでした。

これつたわりますかね?笑

どういうことかというと
僕は自分の人生の行動1つ1つに
義務感で嫌々しょうがなく生きていたのです。

1つわかりやすいのが
「サッカー」ですかね。

僕は子どものころから
習い事でサッカーをやっていましたが、
サッカーがそれほど好きじゃありませんでした。(今は好きです。)

イミフですよね。
え、おまえ好きだからサッカーやってんじゃねーの?と。

でもなぜかやっていたのです。
10年以上続けていました。

つまり義務感なのです。

自分で決めた習い事がつまらないとか
勉強がつまらないとか
謎ですが、事実そうだったのです。

このように人生を
オンとオフの時間にわけるとすると、
オンの時はつまらないことだらけです。

ゲームや漫画、
居心地のいい友達と
ダラダラしているときはたのしいけれど

ことオンの時間になると
学校や部活やバイトなどなど
義務感とだるさしかありません。

つねにビクビクとなにかに怯え、
先生や先輩や店長に怯え、
そんなかんじの日常がほとんどでした。

わりと当たり前のことのようですが、
ですが世の中には

学校ちょー楽しい!
仕事ちょー楽しい!
部活最高!習い事最高!と

オンの時間も器用に楽しめる人もいます。

僕には理解できない世界でしたし、
そういった人らが
うらやましくて仕方ありませんでした。

え、学校楽しいってどゆこと?
仕事が楽しいってどゆこと?と。

高校の頃、学校が楽しすぎて
朝登校時間の1時間も前に
学校に行っているという話を聞いた時は
なにかのギャグかとおもいました。

そんなかんじですから、
朝起きて
学校やサッカーやバイトに行くのが、
ただひたすらにダルく感じました。

僕はいつも何かにつけて
この感覚がつきまとっていました。

夜ベッドに入り、
明日はどんな1日が始まるのかが
待ち遠しくてしょうがない。

そんな人生とは対極の人生です。

心の中は不安だらけです。
なにも自分が悲劇のヒーローで
ほかの人間がちがうとは思っていません。
だれもが似たような不安のなかで生きてると思います。

ですが、僕は人よりも
やたらネガティブな一面が
あったような気がしなくもないです。

とんだ思い過ごしかもしれません。
でも22歳のころに起業して以来、
今はそこそこ人生を楽しめていることから
これを読んでいる何人かの役には立てるかもしれません。
そう思って書いていきます。

前置きが異常にながくなりましたが、
これはそんな僕が、
今現在に至るまでの物語と
人生つまらねーやという不安を解決する方法を記した記事です。

まず最初に。解決策から

僕があれ意外と人生楽しくね?
とおもえるようになったのは

今までストレスと感じていたものが
ほぼすべてなくなってから。です。

昔は
サッカーの練習に行くのが嫌でしたし、
人前で話すのが嫌でしたし、
バイトでミスらないようにこなすのが嫌でした。し、

進路関係でいえば、
もし受験ミスったり留年したり就活失敗して
人生オワタとなるのが何よりの重圧でした。
(そんなことで人生おわらないんだけど)

はやい話これらがすべて取っ払われました。

人生って楽しいことをたくさん増やすよりも
まずは嫌なことを消し去ったほうが
ずいぶんとおだやかに過ごせる気がします。

夏休みの宿題を残しておくよりも
全部終わらせたうえで
思いっきり遊んだほうが楽しくないですか?

ま、実際は
遊んでる間は宿題なんて忘れて
楽しかったりするものですが、

ふとしたときに思い出して、
うわ宿題残ってるや。いつかやらなきゃ…
って気持ちになるのウザくないですか?

僕は、
社会の競争からフェードアウトし、
かつ経済的にも余裕ができたときに
この気持ちから解放されました。

具体的には23の頃です。
ちょうどインターネットビジネスによる
自動化収入が安定し、
大学院を中退したころです。

なにも起業や脱サラをしろという話じゃなく
だいたいの悩みはお金に関係しているので
そこに向き合うとかなり人生は変わるという経験則です。

詳しくはあとで書きます。

とりあえずいまは、
人生のうざいプレッシャーは消すこともできる。

そうすると、

今まで素直に楽しめていなかったものが
とても楽しい素晴らしいものに変わる。

そんなかんじで認識してもらえればと。

サッカーの練習がトラウマだった話

ではここからは僕の過去を書いていきます。

だいぶ崩してラフに書くんで
肩の力ぬいてすーっと読んでください。

まず、僕が小学校~高校までの間は
ほぼ大半がサッカー中心の生活でした。

小3の頃に
仲のよかったKくんという子に誘われて、
サッカーチームに入ったのが始まりでした。

とりあえずその後のサッカー人生を
ざーっと書いてみると、

・小3の頃、サッカー少年団に入る。

・そこそこゴールを決めることもあり、
地元では名前を覚えられるくらいになる。(せまい地域での話です)

・当時のサッカーの先生が
全盛期の安西先生ばりの鬼監督だったので、
試合中も練習中も基本ビビっているw

・へぼいプレーをしたら、
「レオォォォォ!!!!」とグラウンド中に
先生の怒鳴り声が響き渡る(ガチですw)

・ビビりながらも無事に小学校は終える。

・中学ではそこそこ強めのクラブチームに入る。

・中1。まったく試合にでれず。

・我の強い陽キャラなやつらが多いなか、
僕は自己主張が苦手なゆえに苦しむ。

・練習では目立つどころか、
目立たないように超消極的になる。

・ゆえにアピールができず、
コーチからの評価もどんどん下がる。

・練習帰りにさようならとコーチに挨拶したら
なぜか自分だけ無視されてトラウマ化するw

・サッカーが上手いやつもおおいし、
消極的でコーチの目ばかり気にしてるし、
小学校のころの競争のないチームにくらべて
とにかくプレッシャーを感じまくる。

・中2、中3と同じく試合に出れず。

・おなじチームの仲間でも
楽しそうに練習にきてるやつが羨ましい。

・サッカーがある日が苦痛である。

・練習が雨で中止になるのがなにより嬉しい。
思う存分ゲームしまくる。雨最高すぎワロタww

けどつねに心のどこかに
「明日は練習か…」などの
どす暗い気持ちがある。

・ようするにサッカーをやっていたことで
プレッシャーや不安がいっつもあった。

こんなかんじだったので、
サッカーを楽しんでいるどころか、
ぼくにとっては苦痛そのものでした。

コーチが苦手でした。
とにかくビビってました。
評価されてると思うとさらに消極的になりました。

練習の行き帰りのバスの中ですら
そわそわして落ちつけませんでした。

チームバスを降りて
地下鉄にのりかえてようやく
ふうー。今日もおわったか・・と安心するのです。

なぜサッカーを続けてたのかというと
1度やったら
最後まで続けなければいけないという
固定観念に縛られていた。

からだとおもいます。

中学までは1ミリも楽しくないのに
義務感でサッカーをやっていました。

もちろん楽しい瞬間もありますが、
それは遊びのサッカーで
ばか騒ぎをしているときです。

そうゆうときは超たのしいっすね。

けど普段は、
ヘタレの僕はサッカーのある人生を楽しめませんでした。

とにかく、
逃げると負け犬になってしまう
とおもって続けていました。

で、実のところ
僕は中3の途中でチームをやめました。

やめた結果、
1度も試合にでれなかった悔しさよりも
もう練習に行かなくていいんだ
という安堵感を真っ先にかんじました。

情けねえとおもうかもですが、
当時の本音なのです。

このとき僕ははじめて、
今まで縛られていたものから解放されるという
解放感を味わいました。

月火水木金土日、
あれどれもサッカーがない!
学校はあるけどそれ以外は自由だあああ!

こんなかんじで半年ほどは
ずいぶんと気楽にすごしました。

ですがそれはつかの間の解放感です。

すぐに高校生となり
また部活でサッカーをやったり
高校時代は受験のプレッシャーに苦しみました。

また心に余裕のない生活に逆戻りです。

とりあえず高校の話ははしょりましょうw
詳しくは横のプロフィールとか
別の記事でも書いているので
ぜひ探して読んでみてください。

逃げることがよかったかどうかはさておき、
とくに中学時代のサッカー生活は
僕のなかで忘れられない体験の1つです。

ヤクザのような店長のもとで働いた話

あらためて。この記事は
人生を楽しめているか?という記事です。

それを僕の経験から書いています。

サッカーをやっていたころは
お世辞にも人生を楽しめていたとはいえないっすね。

どんだけプレッシャー感じてんだって話です。

で、僕は大学生となっても
やはり心から人生を楽しむことはできませんでした。

サッカーは高校の部活引退までです。

大学時代はパチンコにどはまりしたり、
ろくな生活を送っておりません。
ただのうのうと生きていました。

ここではバイトの話をすることにします。

ヤクザ店長との話です。

僕は大学入学後、
居酒屋でバイトを始めることにしました。

アルキタという北海道の求人誌で
なんとなくよさげな居酒屋をみつけました。
(わりと全国的に展開しているチェーン店です)

ではんぱじゃないくらい緊張しながら
カッスカスにかすれた声で電話をかけて、
なんとか面接をとりつけることができて、
いざGOです。

店にいき、案内された部屋で待っていると
出てきたのは見た目完全ヤクザの店長です(笑)

筋肉ごついし、
ネックレスじゃらじゃらだし、
刺青が少しはみ出ていました。
(※ガチのやくざではありません)

この時点で帰りてえとおもいました。

でもこれが人生初のバイトだったので、
まだバイト先を選ぶようなメンタリティーは持っていませんでした。

その結果、面接では
なぜかヤクザ風店長に気に入られてしまい、
その場で採用が決まってしまいました。

こうして、
ヤクザ店長とのバイトの日々のはじまりです。

で、バイトでは
とにかくミスをしないように
ビクビクおびえながら仕事していました。

なにせミスをすると
包丁が飛んでくる、ではないけど
怒声がとんできます。。(笑)

かなり怖いです。ドス効いてます。

僕はキッチンで仕事をしていて
手際が悪かったりすると、
あーおまえもういいわみたいなかんじで
店長がイラつき始めます。

店長と2人でキッチンに入るときは
バイトの中でもサイアクの時間でした。

わからないことがあっても
聞くに聞けません(笑)

「チャプチェってなんだ?どうやって作るんだっけ?
あーどうしよどうしよどうしよ・・・」

こんなかんじで、
なんとかメモを漁ってやり過ごします。

さすがに仕事に慣れてからは
いくらかマシになりましたが、
それでもやはりびびりながらやっていました。

単純にバイトの時間が
考えるだけで苦痛でした。

あーおれまた大人にビビってるわ、、、
と軽く記憶がフラッシュバックしました。

そしてこれまたバイトを楽しんでるやつらが
大学など周りにはたくさんいました。

「このあとバイトだわー」
「うわ可哀そう・・・」
「え、楽しいけど?」みたいな。

なんなんだよおい。
バイトって楽しいのかい。

僕としては心から楽しむよりも先に
プレッシャーが圧倒的にくるのです。

きっとこんなかんじで何事も楽しめたら
人生て超楽しんだろなと。

サッカーもそうでしたし、
バイトもそうでした。

人生に解放感というものがありませんでした。

ただ救いだったのが
まだ就職をしていないことでしたが、
それも時間の問題でした。

いずれ就職のときはやってきますし
僕はそれが恐怖でしかありませんでした。

なにせ僕は、
仕事を器用に楽しめるような人種とは
かけはなれた人間だったからです。

ま正直バイトにかんしては
今思えばいつやめたっていいじゃねえかと思います。

なぜか僕はヤクザ店長にびびりながらも
バイトをやめるという選択肢はでてきませんでした。

バイトをやめるやつにロクなやつはいない。
という超絶かたよった思考からでした。

もしかしたら、
びくびくバイトをするくらいなら、
いっそのことバイトをやめて、
また新しい挑戦ができたかもしれません。

よく考えたら大学生活って
自分の意志でかなりの選択をできるわけです。

わりとなんでも挑戦できます。

バイトを変えることもできます。
それもそれで1つの選択なわけです。

でもいつのまにか僕は
限られた世界でしか生きていませんでした。

今思えばもったいねえ。。

びびって人生のクオリティ下げるくらいなら
おもいきって行動したっていいじゃんと。

ちなみに半年ほどバイトを続けたあと、
ある日ヤクザ店長はいなくなりました。

店長とバイトの女の子との
不倫がバレたことで
どこか地方にとばされてしまいました。

まあ複雑ですが、喜びましたよね。
僕的にはこれ以上ない天の恵みでした笑

こうしてヤクザ店長とのバイトの日々は
終わりを告げます。

研究室で教授にビビりながらクソ興味ない研究をしていた話

サッカーも楽しめない。
バイトも楽しめない。

なぜか義務感を感じながらやっている。

基本的になにかにびびりまくっている。

そしてもう1つ、
僕の人生のなかで苦痛がおおきかったのが
大学の研究室でした。

ちなみに僕は理系です。
どんなことをやっていたかというと、

『地球の再生可能エネルギーをつかって冷暖房や空調システムの効率化を研究する』

といったかんじですね。

なんのこっちゃと。
スルーしてください。
僕も興味があったわけではありませんw

ただ興味がないことをやるというのは
絶望的にくそつまらない生活でした。

つまらないうえに、
ここでもプレッシャーをかんじていました。

これ理系だとあるあるだとおもうんですけど
大学の研究室って
1つの小さな会社みたいなものなんですよね。

教授=社長
准教授=副社長
助教=部長

てきな。

つまり教授の独裁政治です。(笑)

もちろんこれは僕の独断と偏見の塊ですが
僕のところはかなりピリピリした空気がありました。

とりあえず教授の機嫌を気にすることが
クセになっていました。

ミーティングのときは
「今日は機嫌やばいから気をつけろよww」とかいって
学生は教授の機嫌に超敏感です。

なかなかおもろいです。
完全に社長に気をつかう部下のような関係です。笑

教授の前では一瞬も気をぬくことができません。

なにせ1個上の先輩は怒られすぎて
学生の間でサンドバックとよばれていましたw

そんなかんじの研究室です。

僕のところは教授の力が強すぎて
准教授も他の先生も学生も皆ちぢこまってました。

でもやはり、研究そのものは
楽しんでいるやつらはたくさんいました。

実験器具を組み立てて、
日々おのおのの研究に取り組みます。
僕もそのなかの一人です。

ただし興味が0という点で
ぼくにとっては苦痛でしかありませんでした。

冷暖房装置の除湿性能が外気条件下26°でCOPにしておよそ0.1上がったところで
僕にはどうでもいいことでした。

この延長線上に会社での仕事があることに
想像がつきませんでした。

ぜんぜんおれのやりたいことじゃねえ。

というかやりたいことねえ・・

しかも教授にびびりまくってるし。

もとをたどれば
なんでおれこの研究室にいるんだっけ?

あーそうだ就職しやすいからだ。

ま、とりあえず卒業までやりすごせば
大企業の切符は手堅いからだ。

主体性なさすぎワロタwwwです。

人生が楽しくなるはずがありません。

サッカーでもバイトでも研究室でも
自分を評価するような人間は必ずいます。

監督しかり。店長しかり。教授しかり。
仕事であれば上司しかり。

ぶっちゃけ人によっては怖いっす。

僕はそこにビビりまくっていました。

とにかく上の人間にビビっていた・・・

というのが、
僕が人生をずっと義務感でつまらないもの
と思っていた根本だと思うのです。

研究つまんねえ。
バイトだりいー。
サッカーいきたくねえ。

もちろん自分の興味もありますが
それ以上に環境によって
僕の人生の楽しさは左右されまくっていた
とおもいます。

最初にもかいたように
オンの時間を器用に楽しむことができなかったのです。

オフの時間は
自分の居心地のいい環境にいれるから
そりゃ気楽です。

僕の22年間は基本何かにビビっていて、
心の底から人生を楽しめていなかった。

といったかんじです。

起業してどうなったか?

では
起業してどうなったかというのを書きます。

23の歳に大学院を中退して、
インターネットビジネスの収入で
生活できるようになりました。

イメージしやすいように説明すると
ネット上にサイトをぽこぽこ作って、
そこから商品が売れるたびにお金が入ってきました。

不動産収入のように
商品が売れるサイトをもっていると
継続的にお金が入ってくるので
ネットの大家さんてきなイメージです。

俗なことばでいうと、
身も心も自由になりました。
経済的にも豊かな部類だと思います。

で、

なにかの組織に属さないというのは
鼻水たれながして幼稚園に通い始めたとき以降、
はじめてのことでした。

学校ナイ。バイトナイ。会社ナイ状態です。

なんもねえ。

これはなかなかに劇的な変化です。

人から評価されることにビビったり、
ミスしないようにと神経を尖らせたり、
これまでの人生僕が恐れまくっていたものが
まったく別の環境へと変わりました。

ようはメンタル的な解放感は
僕にとってかなりでかかったのです。

あ、もう明日から朝起きて
嫌なこと我慢しにいかなくていいんだっていう。
教授にびびらなくていいんだ。
就活のこと考えなくていいんだっていう。

大学に退学届けを提出したときは
人生で1番すがすがしい気分だったかもしれません。

たしか帰り道スキップして帰りました。
いや嘘です。すみません。
でも心は歓喜におどっていました。

もちろん起業してからでも
ビビることなんてのはいくらでもあります。

起業家の懇親会に誘われて
自分よりすげー人と会うときとか
いきたくねえなとか思います。

ぶっちゃけいかなくてもいいんですけど
でもやっぱり行ってみたほうが
自分のためだとか思っていっちゃうんですね。

で、全然うまく喋れなくて猛反したりします。

なにしてんだおれ。
もっとがつがつ話しかけにいけよと。

だから起業して自由になることで、
すべてが自分の思い通りかというと違います。

やはり時にはプレッシャーもあります。

税金たけーなとかも
人並み以上に考えるようになります。

あとぶっちゃけヒマです。
なにもしないでいるとヒマすぎて
人生を無駄にしている感がえげつないです。

なのでそのへん踏まえて、
僕のなかで起業したことによる1番の変化は

物事の捉え方が
ビジネスを知る前と後で
180°変わり果てたことですかね。

いい意味でポジティブになったとおもいます。

昔はびびって超消極的でした。
サッカーの監督にも
バイトの店長にも
大学の教授にもびびってました。
自分より能力の高いやつの人生に嫉妬してました。

今はかなりポジティブになりました。
特にミスるとか恥かくとかそーゆー部分にたいして

べつにええやん。なんか問題ある?感が
昔とはケタ違いです。

年上と関わるときも
へんにちぢこまらないようにしています。

バーで綺麗な女性がいたら
勇気を出して話しかけてみようと思えます。
冷たい視線でみられたら一瞬落ち込むけど、
次の日にはどうせ忘れるだろうなと。

懇親会でうまく話せなかったとしても
じゃあ次にいかせばいいべと。

なにか1つや2つミスったところで
人生レベルではほとんど誤差です。

うぜーやつがいたり、
他人から評価がさがったとしても、
一瞬痛みがあれど、
意外と人生はなんぼでも軌道修正できます。

ならべつにええやんと。
極端にビビる必要ないやん。
リスクは実はたいしたリスクじゃないと
気づくのが得なんじゃね?と。

ビジネスをやっていく過程で
自然とそういう考え方が身についたのだと思います。

なんていうんですかね。
へんに偏りのある考えをしなくなりました。
これはまじで貴重な財産です。

起業してどうなったか?

  • ミスったり、恥かいてもいいと思えるようになった。
  • 他人からの評価ですべてがきまるわけじゃないと思えるようになった。
  • そもそも人の評価に関係なく自分の人生をきめれる環境になった。

ざっとですね。

ようは内面から大きく変わったということです。

人生は引き算。引き算をしてから足し算を始める

そして最後です。

僕は人生はまず
引き算で考えるべきだと思っています。

僕であれば
インターネットビジネスによって

-お金の心配がほぼきえた
-就活がきえた
-上下関係でびびることがなくなった
-バイトがきえた
-くそつまらない研究がきえた
-早起きがきえた

など、まず引き算なのです。

昔の僕はいっぱいいっぱいでした。
人生を楽しむすきまがありませんでした。

ですが縛られるものが減ってから
色々なことに挑戦できるようになり
正直今はかなり楽しいです。

おもしろいことに時間やお金がふえて、
メンタル的にも余裕がうまれると、
こんどは自分を追いこむこともあまり苦でなくなるんですね。

昔は1ミリも興味なかった大学の勉強も
あらためて本を買って勉強したりしてます。

驚愕です。
流体力学おもろ~。熱力学もおもしろみたいな。
学生のときクソ退屈だった講義が
いまはすげー楽しいものに思えたりするのです。

サッカーもおなじです。
昔はただ義務感でやってたのに
いまは素直にたのしめます。

ようは、
ビビるものが消えたことで
純粋に刺激をもとめれるようになった
というかんじですかね。

ビジネスもかなりの刺激です。
もっと稼いでおもろいことやるぞ。と。
人生を楽しむにはもってこいです。

やればやるほど、
成果が自分に返ってくるので楽しいです。

たまに夜中に謎にテンションがあがって
24hやってる近所のジョナサンにかけこむこともあります。

眠いぜー。でももっとやったるぜーーと
ノートパソコン持ち込んで
朝っぱらまで作業に明け暮れます。

だれに強制されるわけでもなく
自分の意志でやりたくてやって楽しいのです。

このように足し算で
やりたいことはどんどん増やしていけます。

不安やプレッシャーがなくなってからは
自分でやりたいことを決めてやれるんですね。

なんでもいいとおもいます。
人間関係に不安があるなら
筋トレすることで変わるかもしれません。

ファッションで自信をつけるとか。
女性ならメイクを勉強するとか。

まずは人生を楽しめる余裕をつくるというのは
かなり大事だとおもいます。

特にお金の稼ぎ方を知るというのは
かなりの安定感となります。

お金によって解決できる悩みは多いですし
選択肢もかなりふえます。

ネットで商品を売る知識がある。
マーケティングができる。
SNSやネットメディアで収益化できる。

このへんはかなりおすすめです。

努力の範囲でどうにかできる領域ですし
できるようになれば、
基本お金でなやむことはなくなります。

まあはやい話、
手っ取り早い手段なんですよね。

ネットでまずはブログでも何でもいいからメディアをたちあげて、
なにか発信をしてみるのです。

ぼくの人生が楽しくなったのも
すべてがそこがはじまりです。

商品を売るとかマーケティングとか
最初はわかりません。

けどここは勉強してのりこえました。

のりこえるといっても一般的に思い描くような
苦しいものに耐え抜くようなものじゃなく、
経験値貯めのようなものにちかいです。

コイキングを育ててギャラドスにするような。

コイキングがギャラドスに進化することを知っていれば
それほど苦痛でもなくなります。
レベル20になるまで積み上げるだけです。

ビジネスも同じです。
知識があれば稼げることを知っていれば
あとは勉強して手を動かすだけです。

才能という個体差は
ほとんどないとおもっています。

そうするとありがたいことに
運ではなく確実性をもって
自分の作った媒体からお金を稼げるようになります。

たのしいですよ。
人生に変化をもたらす分には
ネットってかなりいいツールです。

収入的な安定感も増すし、
挑戦できることがどんどん増えていきます。

僕が言えるのは、
もしいまの人生にみたされていないなら
お金を稼ぐことに貪欲に勉強してみるべきで

そしたら環境が変えられるし、
人生が上手く回りはじめるんじゃね?といったことです。

22年間ビビりながら生きてきて、
その後に起業して人生がたのしくなった立場からおもいます。

いまは朝の目覚めがいいです。

ぜひ勉強したいかたは
僕のブログやメルマガも研究対象として
それなりに作り込まれていますので、
いろいろと覗いてみてください。

勉強してなんぼ。
盗んでなんぼです。

結局世の中やったもの勝ちですよ。

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追記。

僕はもともと性根のだらけた
どこにでもいる平凡な学生でした。

小3の頃に父の勤めていた会社が倒産し
お金にたいする執着が人より少しだけつよくなりました。

今は起業して月収300万円を稼ぐことができ、
メンタル的にも随分と楽になりました。

ぶっちゃけ想像もしなかったことです。
ビジネスとか知らねーし。
そもそもだらしなかったし。

結局、自分の想像できる世界の延長上では
なんかすげー変化とかって起こりえないんですよね。

僕が変わったのは
単純に常識とは違う世界を知ったからです。

なので知らない世界をのぞいてみることは
僕は人生でもトップレベルに
大事なんじゃないかと思っています。
そうすると人生もやはりちょいと楽しくなるし。

この記事では、
僕が起業してどのようにして今にいたるかがわかります。

→レオのプロフィール。北大に逆転合格→中退→ネットで起業までの物語

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